クリニック 居抜き開業ガイド|医院承継との違い・レントゲン室・診療科別要件

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この記事のポイント

  • クリニック居抜きは「単純な物件居抜き」と「医院承継(M&A)」の2種類に分かれ、患者情報・スタッフ・保険医登録の引継ぎ可否が根本的に違います。出発点の分岐を誤ると開業計画が崩れます。
  • 診療科別に必要設備が大きく違うため、前医院の診療科と新院の診療科の一致度が流用率を決めます。内科→内科なら流用率90%超、内科→整形外科では60%程度まで下がります。
  • レントゲン室(放射線管理区域)は他業種に一切ない独自の論点。放射線防護壁、管理区域の表示、使用許可の再取得が必要で、既設を流用できれば300〜800万円のコスト削減になります。
  • クリニックの内装坪単価は35〜70万円(スケルトン60〜100万円)。医療機器を含めない建築工事のみの数字で、機器リース残債は別途確認が欠かせません。
  • 新規開業の資金は診療科により3,000〜8,000万円(MRI導入時は1〜2億円)。居抜きなら1,500〜4,000万円規模まで圧縮できる事例があり、医療融資の返済負担を大きく軽減できます。

本記事のご利用について

本記事は2026年4月時点の一般的な参考情報であり、特定の物件・事業に対する法的助言ではありません。各種法令(食品衛生法・旅館業法・消防法・風営法・建築基準法・都道府県条例等)は改正や解釈の変更があり、また自治体ごとに運用が異なる場合があります。実際の開業にあたっては、必ず弁護士・行政書士・建築士・消防設備士・所轄保健所/消防署/警察署等に個別にご相談のうえ、最終判断をお願いいたします。本記事の内容に基づく判断・行動の結果について、当サイトは責任を負いかねます。

クリニック居抜きの出発点「居抜き取得 vs 医院承継」

クリニックの居抜き開業を検討する最初の分岐は、「単純な居抜き取得」なのか「医院承継(M&A)」なのかの選択です。飲食業や美容業の居抜きとは異なり、医療機関特有の承継制度があるため、このスキームの違いで開業の全体設計が変わります。

居抜き取得(物件・設備のみ)

前医院が退院し、物件と内装・医療機器のみを引き継ぐ形態です。建物オーナーと新しく賃貸借契約を結び、前医院との間で造作譲渡契約を締結します。患者情報・スタッフ・保険医登録・医療法人格は引き継がれず、すべて新規で立ち上げます。

  • 引き継ぐもの:物件・内装・医療機器・医事会計システム
  • 引き継がないもの:患者カルテ・スタッフ雇用・保険医登録・医療法人
  • 新規に必要:開設届・保険医登録・スタッフ採用・集患
  • 立上げ期間:3〜6か月
  • 初期投資:1,500〜4,000万円(新規より40〜60%減)

医院承継(M&A・事業譲渡)

前医師からクリニック事業そのものを譲り受ける形態。患者カルテ・スタッフ・営業権(のれん)・医療法人格(有限責任社員の交代)を含めて引き継ぎます。開業直後から既存患者の来院が見込めるため、集患コストが大幅に低くなります。

  • 引き継ぐもの:物件・内装・機器・カルテ・スタッフ・営業権
  • 引き継がないもの:保険医個人登録(新院長の個人登録が必要)
  • 新規に必要:開設届出(承継届出)・保険医登録
  • 立上げ期間:2〜3か月(既存スタッフが継続)
  • 初期投資:3,000〜8,000万円(営業権の買取が加算)

両者の決定要因

居抜き取得を選ぶべき

投資1,500-4,000万

ターゲット独自コンセプト

診療科前医院と違っても可

立地前と同じ必要なし

医院承継を選ぶべき

投資3,000-8,000万

ターゲット既存患者の継続

診療科同一科目が前提

立地診療圏がそのまま継承

分岐の判断基準:前医院と同じ診療科で、前医院の診療圏を継続したいなら医院承継。別の診療科で開業、または新しいコンセプトで開業したいなら居抜き取得が合理的です。本記事では主に「居抜き取得」に焦点を当てますが、医院承継に関する論点(患者情報の取扱い・スタッフ雇用の引継ぎ)も並行して取り上げます。

医療法に基づく診療所の施設基準

クリニック(診療所)は医療法(e-Gov法令検索)に基づき、施設基準が求められる場合があります。厚生労働省「医療法(抜粋)」で関連条文が公開されています。

診療所の定義

医療法上の「診療所」は、入院施設を持たない施設または患者19床以下の入院施設を持つ施設を指します。20床以上は「病院」となり、別枠の施設基準が適用されます。一般的なクリニック開業は無床診療所か19床以下が対象です。

診療所の構造設備基準

  • 診察室(プライバシー確保)
  • 処置室(清潔操作可能な広さ)
  • 調剤所(院内処方時)または外部調剤薬局
  • エックス線装置を備える室(放射線管理区域)
  • 感染症を有する患者の隔離室(必要に応じて)
  • 機能訓練室(整形外科等)
  • 給食施設(入院対応時)
  • 医療機器・薬品・血液等の保管設備
  • 待合室(診察待ちの患者用)
  • 便所(患者用・職員用の分離が望ましい)

人員配置基準

医療法施行規則に基づき、診療所にも最低人員の配置が求められます。無床診療所の場合、医師1名のほか、業務内容に応じて看護師・診療放射線技師・臨床検査技師の配置が必要です。医院承継の場合はスタッフを引き継げますが、居抜き取得では新規採用が欠かせません。

開設届と使用許可

診療所の開設には開設届(無床)または開設許可(有床)が必要です。保健所への提出書類は以下のとおり。

  • 診療所開設届(開設許可申請書)
  • 管理者(院長)の医師免許証
  • 診療所の平面図・周囲略図
  • 医療機器のリスト
  • 医療従事者の名簿・資格証写し
  • 放射線装置の届出(エックス線装置設置時)
  • 薬剤師の免許(院内処方時)

診療科別の設備要件と必要坪数

クリニック居抜きの評価は、前医院の診療科と新院の診療科のマッチングが基本です。診療科ごとに必要設備・必要坪数が大きく違います。

診療科別の標準的な坪数と設備

内科・小児科

30-50坪

診察2-3・処置・待合

皮膚科

25-40坪

診察・処置・レーザー室

整形外科

50-80坪

レントゲン・リハビリ室

耳鼻咽喉科

30-45坪

診察・ユニット・待合

眼科

30-50坪

暗室・視力検査・手術

歯科

20-40坪

ユニット3-5台・レントゲン

婦人科

30-45坪

診察・処置・エコー室

心療内科

25-35坪

診察・カウンセリング室

診療科別の医療機器費用

内科標準
500-1,500万
皮膚科
400-1,200万
整形外科
1,500-3,500万
眼科
2,000-4,000万
歯科
1,200-3,000万
MRI導入内科
8,000万-2億

診療科の変更に伴うコスト

前医院の診療科と新院の診療科が違う場合、間取り変更・医療機器入替え・放射線管理の再取得が必要になります。以下は主な入替パターンと追加コストの目安です。

  • 内科→内科:追加100〜300万円(機器軽微な更新)
  • 内科→皮膚科:追加200〜500万円(レーザー機器等)
  • 内科→整形外科:追加400〜900万円(リハ室改修・大型レントゲン)
  • 皮膚科→眼科:追加500〜1,200万円(暗室・視力検査機器)
  • 一般科→美容医療:追加600〜1,500万円(特殊機器・豪華内装)
診療圏分析の必要性:前医院と違う診療科で開業する場合、その診療科の診療圏(周辺の人口・競合クリニック数・通院可能距離)を別途分析が求められる場合があります。前医院が内科で成功していた立地でも、新院が美容皮膚科を開くと全く違うターゲット層になるため、立地評価を再度行ってください。

レントゲン室(放射線管理区域)の流用判定

クリニック居抜きで他業種に一切ない独自の論点が、レントゲン室(エックス線装置を置く室)です。放射線防護と管理区域の設定が法令で厳格に規定されており、既存設備を流用できれば大幅なコスト削減になります。

放射線管理区域の構成要素

  • 放射線防護壁(鉛1〜2mm相当の鉛板または鉛ガラス)
  • 管理区域の表示(出入口の標識)
  • エックス線装置本体(フィルム撮影/デジタル)
  • 照射室内の安全装置(インターロック)
  • 操作室の遮蔽
  • 防護衣(鉛エプロン・甲状腺防護カラー)
  • 放射線測定器(線量計)
  • 漏洩線量の測定記録

新設コスト

エックス線装置

500-2,000万

一般撮影機

放射線防護壁

150-400万

6畳程度の室

CR/DR画像装置

300-800万

デジタル化

照射室工事

200-500万

内装・空調・電源

全新設の場合、総額1,100〜3,700万円となり、居抜きで流用できれば最大級のコスト削減項目になります。

居抜きで確認すべき項目

1装置の型式・年式メーカー保守可否
2漏洩線量測定基準値超過なし
3防護壁の健全性鉛板の劣化なし
4過去の検査記録保健所立入履歴
5使用許可の再取得新開設者名義で

エックス線装置の使用届

エックス線装置は、保健所への装置設置届(または使用届)の新規提出が必要です。前医院の届出は承継できず、新開設者名義で提出し直します。漏洩線量の測定を伴う検査が欠かせず、基準値(実効線量1.3mSv/3か月以下)を満たさない場合は防護壁の補強工事が発生します。

装置の経年リスク:エックス線装置は一般的に10〜15年で更新が推奨されます。築10年超の装置は画質低下・故障頻発のリスクがあるため、引渡し前に専門業者の保守点検を実施し、更新時期を把握してから造作譲渡金を査定してください。装置更新時は500〜2,000万円の大規模投資になります。

医療機器の流用とリース残債の処理

クリニックには多数の医療機器が設置されており、購入・リース・レンタルの3形態が混在しています。居抜きでの引継ぎ判定では、この所有形態の確認が欠かせません。

医療機器の所有形態と引継ぎ

購入品

自由に譲渡可

価格中古査定で決定

手続売買契約のみ

リスク経年劣化の把握

リース品

残債の扱い要

対応1残債完済で買取

対応2リース契約の承継

対応3返却して新規契約

レンタル品

契約終了で返却

対応新院で再契約

リスク機器が残らない

移行空白期間を防ぐ

リース残債の処理3パターン

医療機器のリースは5〜7年契約が一般的で、期間中に前医院が退院する場合、残債処理が必要になります。

  • パターン1:前医院が残債を完済し、所有権を移転してから譲渡(最もシンプル)
  • パターン2:新院がリース契約を承継(リース会社の審査と承認が必要)
  • パターン3:リース品を返却し、新院で同等品を新規リース契約

医療機器の中古査定

主な医療機器の中古市場価格(築5-7年機)は以下が目安です。造作譲渡金の交渉材料として活用できます。

診察台・ベッド
新品30-80万 / 中古8-25万
超音波装置
新品300-1,200万 / 中古80-350万
エックス線装置
新品500-2,000万 / 中古150-600万
内視鏡
新品400-1,500万 / 中古100-400万
電子カルテ
新品100-400万 / 中古30-100万
レーザー(皮膚科)
新品400-1,800万 / 中古100-500万
メーカー保守契約の確認:医療機器はメーカーの保守契約なしでは修理部品が入手できない場合があります。前医院の保守契約が継続できるか、新院で保守契約を結べる機種か、部品供給が継続されているかを、メーカーに直接確認してください。保守不能な機種を引き継ぐと、故障時に全損となります。

バリアフリー法と動線設計

クリニックは、高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法・e-Gov法令検索)特別特定建築物に含まれます。延床2,000㎡以上では建築物移動等円滑化基準への適合が義務、これ未満でも地方自治体の条例で独自の基準が設けられているケースがあります。

バリアフリー要件の主要項目

  • 出入口の幅(車椅子で通れる800mm以上)
  • 段差の解消(スロープ勾配1/12以下)
  • 多機能トイレ(車椅子対応・オストメイト対応)
  • 待合室の車椅子スペース
  • 診察室の車椅子での入退室
  • 処置室・レントゲン室の車椅子アクセス
  • エレベーター(2階以上の場合)
  • 手すり・段差解消の表示
  • 受付カウンターの高さ(車椅子対応ロー)

前医院の対応状況を確認

築10年以内のクリニック居抜き物件なら、概ねバリアフリー基準に対応しています。一方、築15年超の物件では現行基準を満たさない場合があり、改修に100〜400万円が発生します。特に多機能トイレの新設・拡張は工事費が高くなります。国土交通省のバリアフリー法関連ページで現行基準が確認できます。

動線設計の要点

クリニック特有の動線設計では、以下の4分離が重要です。

1患者動線受付→待合→診察→会計
2スタッフ動線バックヤード別経路
3感染症患者動線隔離待合・直接診察
4搬入動線薬剤・医療機器・廃棄物

前テナント別の流用率とリスク評価

前テナントの業態・診療科によって、クリニック居抜きの流用率と追加工事費は大きく変動します。30坪クリニック開業を想定したマトリクスです。

同科クリニック→
流用率90% / 追加200-500万
他科クリニック→
流用率70% / 追加500-1,200万
歯科→医科
流用率60% / 追加700-1,500万
調剤薬局→
流用率50% / 追加900-1,800万
一般事務所→
流用率30% / 追加1,500-2,800万
物販店舗→
流用率20% / 追加2,000-3,500万
飲食店→
流用率15% / 追加2,500-4,000万

同科クリニック→同科(流用率90%)

最理想形。診察室・処置室・待合・レントゲン室・医療ガス・給排水・電源容量すべてが流用可能。追加工事は内装リフレッシュ・看板・クロス張替え等の軽微な改修で済みます。医院承継の場合は患者カルテ・スタッフも継承でき、立上げ期間2〜3か月で開業可能です。

他科クリニック→他科(流用率70%)

医療インフラ(電源・給排水・空調・管理区域・バリアフリー)は流用できますが、診察室レイアウト・医療機器・動線は診療科に合わせて変更。追加500〜1,200万円。内科→小児科、皮膚科→眼科など、必要機器が重ならない診療科間の転換で発生します。

歯科→医科(流用率60%)

歯科と医科は施設基準が別なため、一部流用可能ですが、歯科ユニットの撤去と医科診察室への変更が必要。レントゲン室は歯科用(パノラマ・セファロ)と医科用(一般撮影)で違うため、装置入替えが必要です。追加700〜1,500万円。

調剤薬局→クリニック(流用率50%)

調剤薬局は医療施設に近い基礎設備を持ちますが、診察室・処置室・レントゲン室がないため新設が必要。電源・給排水は比較的スムーズに転用可能ですが、診察室の壁工事・医療機器導入で追加900〜1,800万円。

事務所・物販・飲食→クリニック(流用率15-30%)

事実上スケルトン工事。医療施設の基準を満たす配管・配線・放射線防護壁の全てを新設。追加投資1,500〜4,000万円で、スケルトン予算との差がほぼなくなります。立地だけを理由に選ぶケースに限られます。

居抜きクリニックの坪単価とスケルトン比較

東京23区のクリニック内装工事の坪単価相場は、2026年時点で以下のレンジが業界コンセンサスです。飲食業より坪単価が高くなる傾向があります。

居抜き改装

坪35〜70万円

25坪875-1,750万

35坪1,225-2,450万

50坪1,750-3,500万

主要工事部分改修・機器入替

スケルトン標準

坪60〜100万円

25坪1,500-2,500万

35坪2,100-3,500万

50坪3,000-5,000万

主要工事配管・遮蔽壁・動線

美容医療・高級仕様

坪100〜180万円

25坪2,500-4,500万

35坪3,500-6,300万

50坪5,000-9,000万

主要工事意匠・個室・機器

クリニック特有の坪単価上振れ要因

  • レントゲン室の放射線防護壁工事
  • 医療ガス配管(酸素・吸引)
  • 感染管理のための排気設備
  • バリアフリー対応(多機能トイレ・スロープ等)
  • 動線分離のための間仕切り壁
  • 医療施設向けの抗菌・耐水性材料
  • 電源容量増強(機器同時使用)
  • 空調の独立系統化(診察室・処置室)

医療機器は別計上

クリニックの内装工事坪単価には、医療機器本体の価格は含まれません。診療科により機器費用は500万円〜2億円と大きく違うため、工事費と機器費を分けて予算を組みます。居抜きで機器も含めて引き継ぐ場合は、造作譲渡金に医療機器の価格が加算されます。

保健所の立入検査と事前相談

クリニックの開業には、保健所の立入検査と診療所開設許可(または開設届)が欠かせません。医療法と厚生労働省令に基づく厳格な検査が行われます。

立入検査の主な確認項目

  • 診療所の名称・管理者の明示
  • 部屋の使用用途(診察室・処置室・レントゲン室)
  • 放射線設備・放射線管理区域の表示
  • 医療従事者の免許証原本
  • 医療に係る安全管理指針・委員会・研修記録
  • 感染対策指針と実施記録
  • 医薬品の管理(麻薬・向精神薬を含む)
  • 個人情報保護管理体制
  • 医療廃棄物の処理契約
  • 救急時の対応体制
  • 患者掲示物(診療時間・管理者名等)

事前相談のタイミング

居抜き物件での開設では、物件契約前と工事完了前の2段階で保健所への事前相談を行うのが基本。物件契約前の相談で現状の構造で開設許可が取れるかを確認し、工事完了前の相談で平面図と医療機器配置の最終確認を行います。

立入検査の流れ

1事前相談物件・工事前の2段階
2開設届・許可申請工事完了後10日前
3立入検査担当1-2名が訪問
4確認済証発行合格後に開業

保険医療機関の指定

保健所の開設届とは別に、地方厚生局への保険医療機関の指定申請が必要です。これは保険診療を行うための手続きで、通常は開設届の後1〜2か月以内に指定されます。指定前は自由診療のみとなるため、開業タイミングの計画が重要です。

造作譲渡金・承継金の相場と交渉実務

クリニックの造作譲渡金・承継金は500〜3,000万円と幅広く、医療機器の有無と営業権(のれん)の評価で大きく変動します。

譲渡金の内訳構造

  • 内装造作(診察室・処置室・待合)
  • 放射線管理区域の防護壁
  • 医療機器(購入品・リース所有権移転後)
  • 電子カルテ・医事会計システム
  • 医療事務用品・消耗品ストック
  • 営業権(のれん)※医院承継のみ
  • 患者カルテ情報 ※医院承継のみ
  • リース契約の承継権
  • 保健所との関係(近隣住民との関係含む)

営業権(のれん)の評価

医院承継における営業権は、一般的に直近1〜2年の営業利益の1〜3倍が目安です。患者数・診療科・立地・競合状況で変動します。譲渡側(前医師)は高く売りたい、譲受側(新医師)は低く買いたいという利害対立があり、M&Aアドバイザーの仲介が一般的です。

値切り交渉の3つの論点

論点1:原状回復義務の相互利益。前医院がスケルトン戻し退院する場合、放射線管理区域の撤去・医療ガス配管の除去・バリアフリー設備の撤去で500〜1,500万円の原状回復費がかかります。新院が引き継ぐことで大きな相互利益が生まれます。

論点2:医療機器の中古市場価格と経年劣化。エックス線装置・超音波・内視鏡は築5年を超えると中古価格が急落します。新品価格の30〜50%を基準に査定し、メーカー保守契約の継続可否で更に減額交渉します。

論点3:リース残債と契約承継条件。リース機器の残債を新院が引き継ぐ場合、月額リース料+契約期間の条件を精査します。残債が大きい機種はリース返却・新規契約が有利なケースもあります。

患者情報の取扱い:医院承継で患者カルテを引き継ぐ場合、個人情報保護法に基づく手続きが欠かせません。前医師から患者本人への説明と同意取得が原則で、承継できない患者データもあります。医院承継契約書には、患者情報の引継ぎ方法と責任の所在を明記してください。

クリニック居抜きで失敗する7パターン

実務で発生しやすい失敗を7パターンに類型化します。契約前にこの7つが自院に当てはまらないか点検してください。

失敗1:居抜き取得と医院承継を混同

「居抜き」と思って契約したが、実は営業権込みの医院承継で、営業権買取金が上乗せされて想定予算の1.5倍に。対策は最初に「物件のみ」「物件+機器」「物件+機器+営業権(承継)」の3パターンを整理し、スキームを明確にすることです。

失敗2:診療科マッチング軽視

内科居抜き物件を皮膚科で開業しようとしたが、診察室レイアウト・レーザー機器導入・排気設備の追加で500万円超の追加工事。対策は前医院の診療科と新院の診療科のマッチング確認、不一致時の改修見積もりを取ることです。

失敗3:レントゲン装置の経年故障

築10年超のエックス線装置を引き継いだが、開業3〜6か月で画像劣化・故障。更新に800〜1,500万円の緊急支出。対策は引渡し前の専門業者による保守点検と、更新時期を見越した予備資金確保です。

失敗4:リース残債の想定漏れ

医療機器がすべて自院所有と思って譲渡金を支払ったが、実はリース残債が月30万円×残3年。リース会社との契約承継審査に不合格で、機器返却と新規契約で500万円の追加。対策は契約前に機器リストの所有形態(購入/リース/レンタル)を書面確認することです。

失敗5:バリアフリー基準の不適合

築20年の居抜き物件で多機能トイレ・スロープが未整備。バリアフリー法対応工事で250〜500万円の追加。対策は築年数を確認し、築15年超の物件ではバリアフリー改修予算を初期計画に組み込むことです。

失敗6:放射線管理区域の使用許可漏れ

エックス線装置の使用届を新開設者名義で出し直すのを忘れ、開業直前の保健所検査で指摘。2〜4週間の開業遅延。対策は保健所事前相談時に必要書類チェックリストを入手し、使用許可を計画的に取得することです。

失敗7:立地と診療圏のミスマッチ

前医院の診療科と違う診療科で開業し、想定患者層が集まらず収支悪化。対策は新院の診療科に応じた診療圏分析(周辺人口・競合密度・通院距離)を物件契約前に実施することです。

契約書で確認すべき12項目

クリニック居抜き契約は「賃貸借契約」「造作譲渡契約」「医院承継契約(承継時)」の複層構造です。クリニック固有の項目を含む12点を確認します。

1スキーム確認居抜き/承継の区分
2造作譲渡の内訳機器・内装・営業権別
3医療機器の所有形態購入/リース/レンタル
4リース残債の処理承継/完済/返却
5放射線装置の履歴検査・保守記録
6瑕疵担保期間3〜6か月推奨
7患者カルテの扱い引継ぎ/廃棄
8競業避止義務前医師の再開業制限
9スタッフ雇用承継時の条件
10原状回復範囲防護壁・配管含む
11賃料・保証金医療用途の割増
12バリアフリー対応基準適合確認

クリニック固有の確認項目

競業避止義務条項は、医院承継で特に重要。前医師が近隣で同じ診療科を再開業すると、患者流出で新院の経営が立ち行かなくなります。半径1〜3km圏内・5年程度の再開業制限を契約書に明記してください。

患者カルテの取扱いは、医療法・個人情報保護法の両方が関係します。居抜き取得では患者カルテは引き継がないため、前医院側で適切な保管(5年間)または廃棄の手続きが必要です。契約書に前医院側の責任として明記してもらいます。

モデル予算3ケース+居抜き×スケルトン判断

実際のクリニック居抜き開業を想定したモデル予算を3規模で提示します。地域係数は東京23区(1.0)で計算しています。

ケース1:25坪・皮膚科クリニック(内科居抜き転用)

物件取得費

400万円

保証金10か月+礼金

造作譲渡金

600万円

内装・基礎機器

内外装工事

900万円

皮膚科用改修

医療機器追加

700万円

レーザー・診察台

什器・備品

200万円

電子カルテ・消耗品

運転資金

900万円

6か月分

合計予算:約3,700万円。都心2等立地、家賃35〜50万円の物件を想定。診察2・レーザー室1・受付・待合の皮膚科クリニックで、スケルトン同規模開業(5,500〜7,500万円)に比べ1,800〜3,800万円の節約が見込めます。

ケース2:35坪・内科クリニック(同科居抜き)

物件取得費

600万円

保証金10か月+礼金

造作譲渡金

1,200万円

レントゲン・超音波込み

内外装工事

1,000万円

内装リフレッシュ

医療機器追加

800万円

電子カルテ更新

什器・備品

300万円

椅子・消耗品

運転資金

1,500万円

6か月分

合計予算:約5,400万円。住宅街駅近立地、家賃50〜75万円の物件を想定。診察3・処置・レントゲン・待合の内科クリニックで、スケルトン同規模開業(7,500〜10,000万円)に比べ2,100〜4,600万円の節約が見込めます。

ケース3:50坪・整形外科(医院承継)

物件取得費

800万円

承継時の保証金継承

承継金(営業権)

2,500万円

利益×1.5倍想定

造作譲渡金

1,500万円

レントゲン・リハ機器

内外装工事

800万円

部分改修・看板

医療機器追加

1,000万円

電子カルテ・追加機器

運転資金

2,000万円

6か月分

合計予算:約8,600万円。駅近商業ビル1-2階、家賃80〜120万円の物件を想定。診察3・処置・レントゲン・リハ室・待合の整形外科で、スケルトン同規模開業(1億2,000万〜1億6,000万円)と比べ3,400万〜7,400万円の節約。営業権買取分を含めた承継ならではの価格帯です。

居抜き×スケルトン判断フロー

1診療科決定開業したい科目
2スキーム選択居抜き/承継
3前医院適合科目・設備・立地
4機器経年と残債更新時期確認
5予算調整追加工事見込み

居抜きを選ぶべき条件

  • 前医院が同じ診療科または近い診療科
  • 医療機器が築5年以内で状態良好
  • レントゲン室・バリアフリー対応が現行基準適合
  • 造作譲渡金が機器中古市場価格の1.5倍以内
  • 立地が新院の診療圏に合致
  • 開業までの期間を3〜6か月に抑えたい

スケルトンを選ぶべき条件

  • 前医院が異業種(事務所・物販・飲食)で流用率30%未満
  • 独自のクリニックコンセプトで差別化
  • レイアウト・動線を抜本的に変えたい
  • 造作譲渡金が機器価格を上回り経年劣化大
  • 初期投資1億円以上の投下が可能

よくある質問

Qクリニック居抜きの最低開業費用はいくらですか

A25坪・内科クリニック・同科居抜き・運転資金6か月込みで3,200〜3,700万円が最小ラインです。医療機器の中古活用とリース併用、DIY施工比率の引き上げで更に200〜400万円の圧縮が可能です。これ以下はMRI等の高額機器が不要な診療科に限定されます。

Q居抜き取得と医院承継、どちらを選ぶべきですか

A前医院と同じ診療科で診療圏を継承したいなら医院承継、別診療科または独自コンセプトで開業したいなら居抜き取得です。医院承継は営業権の買取が加算される分高額ですが、開業初日から既存患者が来院する集患リスクの低さが最大の利点。居抜き取得は投資が軽い分、集患ゼロからのスタートを覚悟が求められる場合があります。

Qレントゲン装置は居抜きで流用すべきですか

A築5年以内で専門業者の保守点検をクリアするなら積極的に流用、築10年超は個別判定、築15年超は更新前提が安全ラインです。装置の漏洩線量測定、画質確認、メーカーの部品供給継続性の3点を確認してください。流用できれば500〜2,000万円のコスト削減になる重要設備です。

Q前医院の患者カルテは引き継げますか

A医院承継の場合は引継ぎ可能ですが、個人情報保護法に基づく患者への告知と同意取得が欠かせません。居抜き取得では原則引き継がず、前医院側で5年間の保管または適切な廃棄が必要です。契約書に前医院側の保管責任を明記してください。

Q医療機器リースの残債はどう処理しますか

A3パターンあります。①前医師が残債完済して所有権移転後に譲渡、②リース契約を新医師が承継(リース会社の審査と承認が必要)、③機器返却で新院が新規リース契約。最もトラブルが少ないのは①ですが、残債が大きいと前医師側が負担を嫌がる場合があります。機器リストと残債一覧を契約前に書面で取得してください。

Q前医院の保険医療機関指定は引き継げますか

A引き継げません。保険医療機関指定は医療機関ごと・管理者ごとに地方厚生局へ申請するもので、新開設者名義で再申請が必要です。通常、開設届の後1〜2か月で指定されますが、指定前は自由診療のみとなるため、開業スケジュールの計画が欠かせません。

Qバリアフリー対応で追加工事が必要かどうか判断するには

A築15年超の物件では現行のバリアフリー法基準を満たさないケースが多くなります。多機能トイレ・スロープ・出入口幅・受付カウンター高さの4項目を現地確認し、不適合なら100〜400万円の改修を予算に組み込んでください。築10年以内の物件なら概ね対応済みの想定で大丈夫です。

Q造作譲渡金・承継金の値切り交渉の目安は

A居抜き取得の造作譲渡金は言い値から30〜50%の減額が狙えます。機器別の中古市場価格査定、経年劣化による減額、原状回復義務の相互交渉、リース残債の精査の4軸で積み上げます。医院承継の営業権は利益の1〜3倍が交渉幅で、利益減少傾向がある場合は1倍以下まで下がる事例もあります。

Q地方でクリニック居抜き開業する場合の注意点は

A医療施設対応の施工会社が都市部に集中するため、25坪未満の小規模案件は対応業者が限られます。居抜きで800万円以上、スケルトンで1,500万円以上の案件なら相見積もりが成立しやすくなります。地方では医師不足地域への開業補助制度(自治体)があり、都市部より地方の方が融資・補助の両面で有利なケースもあります。

最終確認のお願い

上記は2026年4月時点の一般情報としてまとめたものです。法令・条例は随時改正され、解釈や運用も自治体ごとに差があります。物件固有の条件によって結論が変わるため、実際の契約・開業判断の前に、所轄自治体の窓口および弁護士・行政書士・建築士・消防設備士等の専門家にご相談いただき、書面で確認を取ることを強く推奨します。

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