店舗の原状回復——30秒の結論
- 店舗の原状回復費用に「一律の坪単価」は存在しない。①どこまで戻すか(契約の範囲)②業種の設備量 ③施設の施工条件の3要因で桁が動く
- 「どこまで戻すか」は契約書が全て。住宅で有名な国土交通省の原状回復ガイドラインは、事業用の店舗契約には原則そのまま適用されない
- 飲食など設備の重い業種は、厨房・ダクト・グリストラップの撤去が乗るためオフィスより上振れしやすい(オフィスの坪単価が3〜30万円に割れる構造は姉妹ガイド参照)
- 減額の王道は「範囲の精査・数量根拠の確認・相見積もりの可否交渉」——そして最大の出口は造作譲渡(居抜きで次に渡す)で原状回復そのものを消すこと
1. 店舗の原状回復とは|スケルトン戻しまで及ぶことがある
原状回復は「借りたときの状態に戻して返す」義務です。店舗の場合、契約によっては内装・造作・設備をすべて撤去し、コンクリート躯体むき出しのスケルトン状態まで戻す(スケルトン戻し)ことが求められます。どこが「借りたときの状態」なのかは契約書の定義次第——前テナントの造作付き(居抜き)で入居した場合、自分が作っていない造作の撤去まで負うのか、という論点が典型です。退去を考え始めたら、まず賃貸借契約書の原状回復条項と特約を読み直すこと。ここが全ての出発点になります。
2. 坪単価はなぜ一律でないのか|費用を割る3つの要因
「原状回復の坪単価はいくらですか」への誠実な答えは「範囲と業種と条件で桁が動くので、一律には言えない」です。要因①範囲——間仕切りを撤去して清掃する程度か、設備配管まで含むスケルトン戻しかで、工事量がまったく違います。要因②業種の設備量——厨房・ダクト・防水層を持つ飲食と、什器中心の物販では撤去物の量が別世界です。要因③施工条件——商業施設・オフィスビルでは夜間工事の指定、養生・搬出ルートの制約、管理会社の指定業者制度が単価を押し上げます。参考として、オフィスの原状回復では坪単価が3〜30万円に割れる構造を姉妹ガイドで解説しています——店舗はこれに設備撤去が上乗せされる分、同条件ならオフィスより上振れしやすいと考えてください。
3. 業種でこう変わる|撤去物リストで考える
- 飲食店——厨房機器・排気ダクト・グリストラップ・床防水層の撤去が主戦場。ダクトが共用部・屋上まで延びている場合は撤去範囲の確認が必須
- 美容室・サロン——シャンプー台の給排水配管・ブース造作・給湯設備。床下配管をどこまで戻すかが金額の分かれ目
- 物販・アパレル——什器・照明・造作棚が中心で、相対的に軽い。ただし床・壁の意匠を作り込んだ店は解体量が増える
- クリニック・歯科——医療配管・X線室の遮蔽・給排水の撤去で重量級。専門業者の関与が前提になる
4. 「どこまで戻すか」は契約書が全て|住宅ガイドラインは原則使えない
住宅の退去でよく引用される国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、事業用の店舗・オフィス契約には原則そのまま適用されません。事業用は「事業のプロ同士の契約」として、契約書と特約の記載が優先されるのが実務です。だからこそ確認すべきは——①原状回復の範囲の定義(スケルトンか、入居時の現況か)②通常損耗・経年劣化の扱い(借主負担に含める特約になっていないか)③工事業者の指定の有無④引渡し日と工事期間の関係。加えて、入居時の写真・現況確認書が残っていれば「借りたときの状態」の証拠として交渉の土台になります。契約書の読み方はテナント契約ガイドも参照してください。
敷金・保証金との精算——返ってくるお金の流れ
原状回復費用は、多くの契約で預けている保証金(敷金)との精算で処理されます。流れは「引渡し → 原状回復費・未払賃料等の控除 → 残額の返還」で、返還時期は契約書の定め(引渡しから数ヶ月後の設定が一般的)によります。注意点は償却(敷引き)特約——保証金の一定割合が返還対象外と定められている契約では、その分は工事の巧拙と無関係に戻りません。退去の資金繰りを組むときは「保証金がいつ・いくら戻るか」を契約書で先に確定させておくと、移転や次の出店の計画が立てやすくなります。
5. 指定業者とB工事問題|競争が働かない構造を知る
店舗の原状回復で金額が硬直しやすい最大の理由が「ビル・商業施設側の指定業者制度」です。貸主指定の業者しか工事できない契約(いわゆるB工事型の扱い)では相見積もりの競争が働かず、初回提示が高止まりしがちです。対処の第一歩は、契約上の工事区分を正確に把握すること——A工事・B工事・C工事の違い完全ガイドで、どの工事が誰の発注・誰の負担になるのかを確認してください。指定が絶対でない物件なら相見積もりの許可を交渉する、指定が動かせないなら見積もりの数量・単価明細の開示を求めて項目単位で精査する、が現実的な進め方です。
6. 減額の正攻法5つ
- ①範囲の精査——見積もりに「契約上求められていない工事」(グレードアップ工事・貸主都合の更新工事)が混ざっていないかを契約書と突き合わせる
- ②数量根拠の確認——「一式」表記の分解を依頼し、㎡数・単価・数量の明細で精査する
- ③相見積もりの可否交渉——指定業者制でも、交渉で第三者見積もりを認める物件はある。まず聞く
- ④時期と工程の調整——引渡し日に余裕を持たせ、突貫・夜間割増を避けられる工程を組む
- ⑤造作譲渡で回避する——後述のとおり、そもそも工事を発生させない出口が最強の減額策
7. 見積書の読み方——6分類で精査する
原状回復の見積書は、おおむね「仮設(養生・搬出経路)・解体(内装・造作)・設備撤去(電気・給排水・空調・ダクト)・処分(産業廃棄物)・復旧(床壁天井を素地に戻す)・諸経費」の6分類で構成されます。精査のポイントは——①各分類に数量(㎡・箇所数)と単価が明示されているか。「一式」だけの分類は分解を依頼する ②産廃処分費の数量根拠(解体量と処分量が対応しているか)③夜間割増・休日割増の適用条件が施設ルールと合っているか ④「復旧」の仕上げレベルが契約の要求(スケルトンの定義)と一致しているか。6分類の枠で読むと、専門知識がなくても「どこが重いのか」「どこを聞くべきか」が見えてきます。
8. 最大の出口——造作譲渡(居抜きで渡す)で原状回復を消す
原状回復費用を最も大きく減らす方法は、値切ることではなく「工事そのものを不要にする」ことです。貸主の承諾を得て次のテナントに造作・設備を譲渡(居抜き売却)できれば、スケルトン戻しの工事費が消え、逆に造作譲渡料を受け取れる可能性すらあります。成立の鍵は①契約書に造作譲渡を認める余地があるか ②貸主・管理会社の承諾 ③業態の近い次テナントを見つけられるか。進め方・譲渡料の決まり方・契約の型は居抜きガイドの「売る側」章で詳しく解説しています。退去を決めたら、原状回復の見積もりと並行して、この出口を必ず検討してください。
9. 移転の場合|原状回復は「3つの財布」の1つ
移転に伴う退去なら、原状回復は単独の出費ではなく「旧店を畳む・新店を作る・二重家賃」という移転総額の一部として設計します。旧店の引渡し日と新店の工事完了日をどう重ねるかで二重家賃が決まり、原状回復工事の工程もそこに従属します。全体の逆算スケジュールは店舗移転の費用と流れ完全ガイドを参照してください。
10. スケジュール|解約予告から逆算する
事業用賃貸の解約予告は6ヶ月前が標準です(契約書で確認)。原状回復工事は賃貸借契約の期間内に完了して引き渡すのが原則のため、退去日が決まったら「引渡し日 ← 引渡し検査(立会い) ← 工事完了 ← 工事期間 ← 見積もり・業者確定 ← 範囲の契約確認」と逆算します。見積もり取得と範囲交渉に想像以上に時間を取られるのが定番のつまずきなので、解約予告を出すのと同時に見積もりの動きを始めるのが安全です。引渡し時は貸主・管理会社の立会い検査で完了確認を受け、書面(確認書)を残して締めます。
11. よくある失敗3つ
- 見積もりを鵜呑みにして即発注——範囲の契約照合と明細の精査をせず、契約外の工事まで払ってしまう
- 造作譲渡の検討をしない——出口を知らずにスケルトン戻しへ直行。居抜きで渡せた設備を自費で解体してしまう
- スケジュールの後ろ倒し——引渡し直前に見積もりを取り、交渉の余地なく割増価格で突貫工事
よくある質問
Q. 店舗の原状回復は坪いくらですか?
A. 範囲・業種・施工条件で桁が動くため、一律の坪単価は提示できません(提示している情報は前提条件を必ず確認してください)。目安の構造としては、オフィスで坪3〜30万円に割れる幅があり、設備の重い店舗はさらに上振れ要因が多い、と捉えるのが実態に即しています。複数社見積もりで自店の実額を早めに掴むのが確実です。
Q. 原状回復工事とスケルトン工事は同じですか?
A. スケルトン工事(スケルトン戻し)は原状回復の一形態で、内装・設備をすべて撤去して躯体状態まで戻すもの。契約が「入居時の現況復帰」なら、スケルトンまで戻す必要はありません。契約書の定義がどちらかをまず確認してください。
Q. 国交省のガイドラインで通常損耗は貸主負担では?
A. あのガイドラインは住宅向けで、事業用店舗には原則そのまま適用されません。事業用は契約書・特約の記載が優先されます。まず契約書の原状回復条項を確認してください。
Q. 居抜きで入居した場合、前の造作まで撤去義務がありますか?
A. 契約次第です。「入居時の現況に戻す」のか「スケルトンまで戻す」のかで結論が変わるため、造作譲渡契約と賃貸借契約の両方の記載を確認し、不明なら貸主に書面で確認するのが安全です。
