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オフィスの退去が決まって「原状回復 費用」を調べると、坪3万円台と書く記事と、坪10万円を超えると書く記事が同じ1ページ目に並びます。どちらも嘘ではありません。「誰の・どの段階の・どの範囲の数字か」が違うだけです。そして原状回復には、入居時の内装工事と決定的に違う事情がひとつあります——多くの契約では、工事を発注する相手を自由に選べないのです。
本記事は、相場が割れる4つの変数を解いたうえで、規模×ビルグレード別の実勢、民法621条と最高裁判例による「どこまで負担するのか」の法律、指定業者の構造と減額の正攻法、スケルトン戻しの範囲、退去までのスケジュールを整理します。先に立場を明らかにしておくと、当サイトは原状回復の査定サービスにも、特定の工事会社にも、特定の物件形態にも誘導しません。ゴールはひとつ——届いた見積もりを、あなたが自分で読める状態にすることです。
この記事の要点
- 相場が割れるのは4変数:①誰の・どの段階の数字か(指定業者の初回提示か、精査後か——3〜4割変わった事例が業界団体の公開データにも示されています)②ビルグレード③範囲(事務所仕様かスケルトン戻しか)④年代
- 法律の原則:民法621条により通常損耗・経年変化は原則対象外。ただし事業用は特約が優先し、最高裁平成17年12月16日判決は「範囲の具体的な明記または明確な合意」を特約の要件とした——結局、契約書が全て
- 減額の正攻法は4つ:明細の請求・範囲の精査・工事区分の確認・早期着手。残り3ヶ月を切ったら、工事枠の確保を最優先に
なぜ相場は「坪3万円」と「坪10万円超」に割れるのか
原状回復の坪単価は、次の4つの変数で決まります。相場記事の数字がバラバラに見えるのは、この4変数のどこを前提にしているかが記事ごとに違うからです。
① 誰の・どの段階の数字か——最大の変数。多くのオフィス賃貸借では、原状回復の施工者がビル側の指定業者に決まっています。競争が働かないため初回提示は高めに出やすく、明細の精査や協議を経て3〜4割下がった事例が、業界団体の公開データにも示されています。つまり「坪10万円」と「坪6万円」は、別の物件の話ではなく、同じ工事の精査前と精査後の姿であることが珍しくありません。相場記事を読むときは、その数字が初回提示ベースか、精査後ベースかを見分けるのが第一歩です。
② ビルグレード。ハイグレードビルほど、深夜・休日作業の指定、搬出経路や養生の管理ルール、ビル側工事の範囲の広さによって単価が積み上がります。同じ50坪でも、雑居ビルと大手デベロッパーのSクラスビルでは、工事の中身が別物です。
③ 範囲——事務所仕様への復旧か、スケルトン戻しか。間仕切りを撤去して事務所仕様に戻すのと、天井・床・設備まで撤去して躯体むき出しに戻すのとでは、工事量がまるで違います。どちらが条件かは契約書の定め次第で、この違いだけで坪数万円単位のずれが生まれます(詳細は後述)。
④ 年代。公共工事設計労務単価は13年連続で上昇し、産業廃棄物の処理費も上がり続けています。数年前の記事の下限値は、2026年の見積もりでは実務的に消えています。
その数字は、初回提示か、精査後か
原状回復の「相場」を一つの数字で語ることには、構造的に無理があります。本記事の実勢表も幅で示します——大切なのは幅の中央値を当てることではなく、自社の見積もりがどの変数でどちら側に寄っているかを読めることです。
オフィス原状回復の実勢坪単価【2026年】
公開されている業界各社の相場情報を、前提条件を揃えて突き合わせると、2026年の実勢は次の幅に整理できます(事務所仕様への復旧・指定業者の提示〜精査後を含む幅)。
| 規模 | 一般的なビル | ハイグレードビル |
|---|---|---|
| 小規模(〜30坪) | 坪2〜5万円 | 坪5〜9万円 |
| 中規模(30〜100坪) | 坪4〜8万円 | 坪8〜12万円 |
| 大規模(100坪〜) | 坪5〜9万円 | 坪10〜15万円超 |
| スケルトン戻し条件 | 上記に坪+2〜5万円程度 | 仕様により大きく上振れ |
総額のイメージでは、20坪の一般的なビルで40万〜100万円、100坪なら一般ビルで400万〜800万円、ハイグレードなら800万〜1,200万円。200坪超のハイグレードビルでは2,000万〜3,000万円級になることもあります。
※坪単価は工事範囲・ビルグレード・見積もりの段階(初回提示か精査後か)で大きく変動します。上表は複数の公開相場を前提を揃えて整理した幅であり、個別の見積もりの妥当性は明細と契約書の突き合わせで判断してください。
「どこまで」の法律|民法621条・最高裁判例・ガイドライン
「経年劣化まで請求されるのはおかしいのでは?」——この疑問には、条文と判例で正確に答えられます。まず民法621条(令和2年施行の改正民法で新設)は、賃借人の原状回復義務について、「通常の使用及び収益によって生じた損耗」と「経年変化」を対象から明文で除外しています。壁クロスの日焼け、家具の設置による床のへこみのような自然な劣化は、原則として借主が直す義務はない——住宅もオフィスも、条文上の出発点はここです。
ただし、事業用の賃貸借では特約が優先します。実務上、オフィスの賃貸借契約には「通常損耗・経年変化を含めて借主の負担で原状に復する」趣旨の特約が入っているのが一般的で、事業者どうしの契約ではこうした特約が広く有効なものとして扱われます。「オフィスは住宅と違って全部借主負担」とよく言われるのは、正確には「特約でそう決めているから」です。
その特約の有効性の基準を示したのが、最高裁平成17年12月16日判決です。通常損耗の補修費用を借主に負担させるには、負担する範囲が契約書の条項自体に具体的に明記されているか、契約書上明らかでない場合には口頭の説明により借主が明確に認識して合意したと認められることが必要——つまり「退去時は借主の負担で原状に復する」という抽象的な一文だけでは、通常損耗まで負担させる合意としては明確性を欠く場合がある、ということです。民法621条は、この判例法理を明文化した条文でもあります。
なお、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の対象は民間賃貸住宅であり、オフィス・事務所には原則として適用されません(小規模な事務所で住宅に近い使用実態だった場合に、考え方が参酌された裁判例はあります)。オフィスの退去で頼れるのはガイドラインではなく、契約書・民法・判例の3点セット——だからこそ、契約書のこの5点を最初に確認します。
契約書で確認する5点
- 原状回復の範囲条項——「事務所仕様への復旧」か「スケルトン返還」か、対象範囲がどう定義されているか
- 別表・図面の有無——範囲を特定する別表や入居時図面が契約書に添付されているか
- スケルトン条項の具体度——「スケルトン」がどの状態を指すか(天井・床・設備のどこまでか)の定義があるか
- 指定業者条項——施工者の指定の有無と、指定が及ぶ範囲(全部か、ビル設備部分のみか)
- 通常損耗・経年変化の扱い——借主負担に含める旨が具体的に書かれているか、抽象的な一文だけか
個別の契約条項の有効性の判断は、弁護士等の専門家にご相談ください。本記事は一般的な整理であり、個別案件の法的判断を保証するものではありません。
指定業者の構造と、減額の正攻法4つ
原状回復の見積もりが高くなりやすい最大の理由は、施工者を選べない構造にあります。入居時の内装で「B工事」(ビル指定業者が施工し、借主が費用を負担する工事)を経験した方ならピンとくるはずです——原状回復は、いわば「退去版のB工事」。競争が働かない発注は、放っておけば高止まりします。工事区分の基礎はA工事・B工事・C工事の違い完全ガイドで解説しています。
ただし、打つ手がないわけではありません。相見積もりの代わりに効くのが、次の4つの正攻法です。
なお、原状回復費の査定・適正化を専業とするサービスも存在します。数百坪級で明細の精査を自社でやり切れない場合には選択肢になり得ますが、順番としては、まず上の4手順——自社でできる範囲——から始めるのが正攻法です。
スケルトン戻しの範囲と費用
「スケルトン戻し」は、内装・設備を撤去して躯体むき出しの状態へ戻す条件です。間仕切り撤去と補修が中心の事務所仕様への復旧と比べ、天井・床・造作・設備の全撤去と搬出が加わるため、坪あたり2〜5万円程度重くなるのが一般的な目安です。
ここでも効いてくるのは契約書の定義です。ひとくちに「スケルトン」といっても、床スラブまで現すのか、天井内の配管・配線はどこまで撤去するのか、空調はビル設備として残すのか——範囲の解釈で費用は大きく動きます。契約書に「スケルトン返還」とだけ書かれ、別表や図面で範囲が特定されていない場合は、早い段階で貸主側と範囲の認識を合わせておくべきです。
そして最悪のパターンが、居抜きで(前テナントの内装ごと)借りたのに、契約書にスケルトン戻し条項があるケースです。自分が作っていない内装の撤去費まで負担する構造で、入居時の「安さ」が退去時に逆転します。逆に、次のテナントが決まれば造作譲渡(居抜き退去)で原状回復自体が免除される余地もあります——いずれも貸主の合意が前提です。入居形態ごとの出口の違いは居抜き・スケルトン・セットアップの3択比較で詳しく解説しています。
退去までのスケジュール|賃料は工事中も発生する
オフィスの解約予告は6ヶ月前が一般的です。この6ヶ月を、次の順で使います。
見落とされがちな構造がひとつ。原状回復工事は、賃貸借期間内——つまり明け渡し日までに、賃料が発生しているまま施工するのが一般的です。工事が1ヶ月なら、その1ヶ月分の賃料も退去コストの一部。しかも繁忙期(1〜3月)は工事枠そのものが取りにくく、着工が遅れるほど「協議している時間」が消えていきます。早期着手が、実質的に最大の減額策である理由がここにあります。
見積もりチェック診断と、入居時にできる退去対策
30秒チェック|あなたの退去準備、どこまで進んでいますか?
Q1. 見積もりの状態は?
Q2. 契約書の原状回復条項(範囲・別表)は?
Q3. スケルトン戻し条項の有無は?
Q4. 工事区分(指定範囲と自由発注部分)は?
Q5. 明け渡しまでの残り期間は?
原状回復費は、退去時ではなく「契約前」に決まっている
ここまで読んだ方は気づいたはずです。範囲条項も、スケルトン条項も、指定業者条項も、すべて契約書に書いてある——つまり退去費用は、入居の契約をした瞬間に実質的に決まっています。退去時にできるのは、決まっている条件の中で明細と範囲を正しく精査することまで。条件そのものを設計できるのは、契約前だけです。
これから移転・入居する方は、新オフィスの契約書で退去条件を確認しつつ、入居の費用と会社選びを同じ物差しで見ておいてください。オフィスの内装工事費用ガイド(坪単価とシミュレーター)と内装・デザイン会社の選び方(大手3系統の比較)が、入居側の2本の正本です。
移転先の新オフィスの内装は、複数社の比較から
よくある質問
20坪のオフィスの原状回復費用は、総額いくら見ておけばいいですか?
一般的なビルの事務所仕様への復旧で40万〜100万円が目安です。ハイグレードビルなら100万〜180万円程度、スケルトン戻し条件ならさらに上振れします。幅が大きいのは、見積もりの段階(初回提示か精査後か)と範囲の差です。まず契約書の範囲条項を確認し、一式表記の見積もりには明細を請求してください。
経年劣化や通常損耗の分まで払う必要はありますか?
民法621条の原則では、通常損耗・経年変化は原状回復義務の対象外です。ただし事業用の賃貸借では特約が優先し、通常損耗も借主負担とする特約は広く使われています。最高裁平成17年12月16日判決は、その特約が有効であるためには負担範囲が契約書の条項自体に具体的に明記されているか、明確に合意されていることが必要としました。つまり答えは「契約書の条項次第」——抽象的な一文だけなら、範囲について協議の余地がある場合があります。個別の判断は弁護士等にご相談ください。
指定業者ではなく、自分で選んだ業者に頼めますか?
契約で施工者が指定されている場合、原則としてそれに従う必要があります。ただし指定が及ぶ範囲は契約次第で、ビル設備に関わる部分のみ指定で、専有部の内装撤去は自由発注(C工事相当)という契約もあります。工事区分を確認し、自由発注できる部分があれば、そこは相見積もりで競争を効かせられます。
国土交通省のガイドラインでは守られないのですか?
「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の対象は民間賃貸住宅で、オフィス・事務所には原則として適用されません(小規模な事務所で住宅に近い使用実態の場合に、考え方が参酌された裁判例はあります)。オフィスの退去で頼れるのは、契約書・民法621条・最高裁判例の3点セットです。
居抜きで退去して、原状回復をなくすことはできますか?
次のテナントが決まり、貸主が合意すれば、造作譲渡(居抜き退去)で原状回復を免除される余地があります。ただし買い手が付くかは業態と設備次第で、募集期間中の賃料負担や、譲渡がまとまらなかった場合の工期リスクも考慮が必要です。並行して通常の退去準備(契約書精査・明細請求)を進めておくのが安全です。
あわせて読みたい関連ガイド
原状回復の見積もりは「言い値」に見えて、実は読み解ける構造でできています。4つの変数で数字の出どころを見抜き、契約書で範囲を確定し、明細で中身を精査し、そして早く動く。この順番だけで、多くのケースで見積もりは適正な姿に近づきます。これから入居する方は、どうか覚えておいてください——退去の費用は、契約前に決まっています。入居の費用と、会社選びと、退去の条件。3つを同じテーブルに載せて判断すれば、オフィスのコストは入口から出口までコントロールできます。
